これを選ぶに至るまでに母は考えた

子育てと趣味と仕事の両立を目指す日々の工夫とか。建築も少々。

3歳児の習いごとを考える

来年度は年少の学年になるので子どもの習いごとを初めてみようかと思い、調べています。
2歳までのリトミックとかは親のエゴというか、ふれあいの時間を持つためだと思いますが…うちもこれまでもちょこちょこと公共のスポーツセンターなどの3ヶ月講座に参加してました。
今私の中で固まりつつある習い事に関しての考え。

自分の経験から

私は小さい頃バレエを少しやってみて辞め、その後ピアノを始めて小学校まで続けた。ピアノは一切興味なかったけど、わりとどんなこともソツなくこなす優等生だった私が、困難にブチ当れること、として続けさせたらしい。
その後は、入れ替わりで絵画教室でアクリル画を習う。
両親が絵が得意でないのに私がわりと上手に描けるタイプだったので、両親のなかではとくにこの子は絵の才能があると思っていたらしい。
ま、でも学校で褒められるくらいの上手さ。芸術性の芽はなかったと思う。
部活では吹奏楽ソフトボール、茶道華道などをかじってみる。

いろいろとやらせてもらってありがたいことだけれど、結局私は器用貧乏に育った。初めてでもそこそこできるけど、上達しない。特技がないのである。

親が良さそうと思うものを続けさせたのがひとつの原因とも思う。親がやらせるからには本人の視野の中でやりたいという発想が生まれないようなのとを試しにやってみるのがよかろうかと。

はじめはなるべくいろんなことをやらせてみる

そういうわけで、続ける前提じゃなくていろんなものを期間限定で取り入れていこうかなと思ってます。

本人が続けていきたいことを続ける

いろいろやってみる中で本人がもっとやりたいと思うことを続けていけたらいいなと思います。
自分ではじめたことだから、簡単に投げ出しちゃいけない、みたいなこともよく言われますが、習い事を使って教えるべきことではないのかな、と。
ああ、違ったなと思ったらそこまでの先行投資を惜しまず方向転換するセンスの方がこれからの人生大事な気がします。

続けさせるなら普通の社会人になっても楽しめる趣味になるようなこと、特技になるようなこと

とはいえ、小学生になったりして学童から放逐された後は親の都合で習い事やってもらわないといけないかもなーとも思ってます。
そのとき本人の強い希望がなかったとしたら、将来普通の大人として成長したときの教養や特技、遊ぶスキルなど人としての財産になるようなことがいいなと思ってます。
例えば社会人のレクレーションとしてやる機会のあるサッカー、フットサル。
ジムで泳げるスイミング。
教養や美しい所作、着付けなどが身につく茶道、華道。(ちょっとお金かかりそ)
美しい文字や美しい姿勢が財産となる書道やダンス。
…などなど。

習い事がすべてじゃない、家族で楽しむ時間を大切に

我が家は土日が忙しく出かけてることが多いです。早く大きくなって山に行ったりもしたいし、土日に通うとなると毎週の習い事は負担。
ほんとは隔週くらいの頻度だとありがたい。

だからやっぱりスポーツセンターで探します

音楽教室やら水泳やらどこも人気で空き待ちの状態ですし、合わないなら辞めちゃえー今週はキャンプだから休みーとか気軽にできるものではありません。
だからずっと続けたくても続けられる保証もないけれど、費用負担も少なく抽選で入れる機会も回ってくるし3ヶ月くらい先までの見通しで動けばよい、スポーツセンターなどの講座が1番合ってます。文化系の習い事はなかなかそういうのなさそうなんですけどね。

そろそろ新年度4月からの講座の募集が始まる時期ですよ!
今回は親子水泳を申し込んでみるつもりです。
当たらないかなー!!

父母の理想像と戦いでもある子育てを癒すのは等身大の戦友/ヨチヨチ父

子どものころ、「神田川」をうたっているのがおじさんであることにびっくりした、という思い出があります。AKBとかもそう。恋愛の詩を歌い手や作詞者が異性の立場で歌うことはアリ。なんでだろ、役割じゃなくてそれぞれが自由に持てばいい気持ちの問題だからかな?

子育てに関しては、こどもと親の気持ちの問題が些細なことに思えてしまうくらい、役割や立場や仕事、迷信、信条などなど複雑なバックボーンがあるから、想像やマーケティングでわかったような顔をされるのが気に入らないのか。

うちの夫は、父たちがそれぞれ自分なりに頑張ったところで、ママたちの頭の中にいるライバルは他所のパパのいいとこを集めた理想像だからそもそも勝ち目のない戦いだという。
父たちは母に対してそんなに期待してるとも思えないけど、小綺麗な身なりをして、シンプルでお洒落な部屋に住み、こどもとの時間を穏やかに楽しむインスタで見るようなママでありたいと自ら高い目標を掲げてるような。
子育ては実体のないライバル相手との勝ち目のない戦いだから消耗するのかもしれません。

そんな戦いの場で癒しになるのは、高みの見物で応援する応援歌とかじゃなくて、共に戦う戦友の存在なわけで。
twitterで以前話題になってました。
母になってわかった「おかあさんといっしょ」の番組の意味を踏まえた改題に共感者多数 - Togetter
だいすけおにいさんやたくみおねえさんは私あまり存じ上げないですが、幼児に真っ向から遊びを挑む大変さを知っていると、プロとしてそれをキッチリやってくれ約20分間子どもを足止めしてくれるうたのおにいさんおねえさん(だけではないけど)にはシンパシーを感じることを禁じ得ません。
見始めたころ、キャラものとかかぶりものを冷めた目で見たりしてほんとごめんなさい。プロの仕事なのに。
というわけで、だいすけおにいさんが大人気なのはすごく理解できるようになりました。

さて、今回の読書。
先週は#わたしおかあさんだからで胸糞悪い思いをしていたところ。絵本作家つながりで口直し…ということではないですが、たまたま読む機会があったのが、とても微笑ましくそして考えさせられる絵本で人気のヨシタケシンスケさんの子育てイラストエッセイ本です。

ヨチヨチ父 とまどう日々

ヨチヨチ父 とまどう日々

自身がお父さんになって感じたとまどい、奮闘、幸せを感じていること、を独特のタッチで描かれてます。またそんな経験を踏まえた作者からの巷のお父さん、お母さんに対する視線も優しい。

人の数だけ「普通」があり、「かなわなかった希望」がある。そして、その人にしかわからない「気付き」や「よろこび」も。

p012 05大人の世界 より